• Tomohiro Ogawa

3章-1 入学式と学生寮

昨日は眠れなかった。

福井駅から特急サンダーバードに乗って大阪に向かう。

よそ行きの服を着た母の隣で、僕は買ったばかりのスーツにぎこちなく包まれ座っている。

今日は辻調理師専門学校の入学式の日だ。

会場は大阪城ホール。

そもそも入学式を大阪城ホールでやること自体驚きだし、

一体何人、何百人、何千人の生徒が入学するのだろう。

辻調理師専門学校ってやっぱ日本一なんだとしみじみ思う。

福井県からほとんど出たことがない僕は大阪という大都会に目が眩んだ。

そしてみんな本当に大阪弁を喋ってる。

それだけでドキドキワクワクが止まらない。

今日から僕はこの大阪で1年間暮らすのだと思うと一気に大人になった気がする。

入学式はさまざまな余興というのかイベントが用意されていて、

それはもう劇場にいるような感じだった。

中学や高校の入学式は先生の話ばかりでホントつまらないものだったけど、

この劇場みたいな入学式は楽しかった。

入学式を終えると母とともに学生寮に向かった。

寮には生活するための最低限のものが揃っているので、

引っ越しというほど大袈裟なことはなく、

長い長い修学旅行のような荷物を宅急便でいくつか送っただけだった。

朝ごはんと夕飯がついていて寮母さんが毎日作ってくれるらしい。

この寮は大阪の平野というところにあって、

全員が辻調理師専門学校の生徒だ。

部屋は2階と3階にあり階段を上がるとそれぞれ6畳ほどの綺麗な扉が

ずらっと廊下の右側に6個並んでいる。

僕には2階にある三番目の部屋が割り当てられていた。

隣の部屋にはひょろっと背の高い浅黒い顔の子だった。

母は明日仕事だからと部屋を一通り片付けて3時には福井に帰り僕は一人寮に残されてしまった。

いや、残されるのは当たり前だ。僕は今日からここで一人で生活するのだから。

そして寮なのだから一人でもないか。

ここには12人の同じ夢をもった仲間がいる。

まだ日が落ちる前だったので学校へ行く道を確かめておこうと部屋を出た。

すると2つ向こうのドアが同時に空き、そこからちっちゃいおっさんのような男が出てきた。

彼は驚いたようにこっちを見た。

見たというよりしかめっつらで睨んでるようだった。

「あっ、よ、よう!こんにちは。俺、村田。お前は誰?」

いきなり話しかけられて、しかもかなり馴れ馴れしく、一瞬僕は固まった。

話しかけられる心の準備が出来ていなかったのだ。

しかも、聞いたことのあるようなないような訛り。

「あ、、、えっと小川といいます。こんにちは」

「おおそうか。どっか行くの?」

村田という男はズカズカと僕の間合いに入ってくる。

僕はそれを防ぎきれず、

「あ、はい。あの、一度、学校まで行ってみようかと」

と正直に答えた。

「おっ、そうなの。俺も一緒に行く」

またしても、馴れ馴れしくそして図々しい返事だったが、

一人で心細かったこともありちょっと嬉しかった。

この村田という身長150㎝ほどしかないもじゃもじゃ髪で顔の大きな男が大阪での最初の友達だ。

彼は長崎の佐世保というところから来ていて、

視力がすごく悪く、メガネをしてもはっきりと遠くまでは見えないらしい。

だから、数メートルしか離れていない2つ隣の部屋からでも僕をしかめっつらで睨んだのだった。

馴れ馴れしい性格だが全く嫌な感じがせず、その馴れ馴れしさが逆に僕の不安を蹴散らしてくれた。

夜6時から寮で初めての夕食が出た。

何人かは親と一緒に食事に行ったので残り8人が寮の食堂に集まった。

みんな知らない者同士なのでギクシャクした感じでテーブルに座ったが、

僕はすでに村田と友達になていたので助かった。

村田は相変わらず図々しくみんなに話しかけはじめる。

彼の辞書に人見知りという言葉など載ってないのだろう。

おかげで初日から、哲ちゃん、のりちゃん、トメちゃんと何人もの友達ができた。

その夜は哲ちゃんの部屋で2階に住む5人が集まりそれぞれの地元の話で盛り上がった。

一人だけこなかった子がいる。

僕の右隣の部屋の力(リキ)だ。

力は大勢でつるむのが苦手らしい。いわゆる一匹狼だ。

彼の部屋のドアが開いた時、中をちょっと覗いたのだけど、

壁に長州力のポスターが貼ってあった。

だから力なのだろうか。

こうして僕の「料理人への道」が始まった。

明日からいよいよシェフになるための学ぶ日々が待っている。

勉強は大っ嫌いだったけれど、シェフになるための勉強が始まると思うと胸が高鳴って眠れない。


つづく


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